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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1486号 判決 1965年11月22日

原告 藤原豊三

右訴訟代理人弁護士 渡辺八左衛門

右同 田中重周

被告 医療金融公庫

右代表者総裁 安田巌

右訴訟代理人弁護士 秋山博

被告 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 堀田庄三

右訴訟代理人弁護士 山根篤

右同 下飯坂常世

右同 海老原元彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(第一)

原告訴訟代理人は「(一)原告と被告医療金融公庫との間において、訴外田崎紫朗が被告株式会社住友銀行に預託した金五〇万円の預託金取戻債権につき、右訴外人が被告医療金融公庫との間に締結した質権設定契約はこれを取消す。(二)被告株式会社住友銀行は、原告に対し金五〇万円とこれに対する昭和三七年一二月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は被告株式会社住友銀行の負担とする。」との判決を求め、

一、第一次請求原因として、

(一)  原告は別紙目録記載の約束手形の所持人であるが、昭和三七年九月頃振出人である訴外田崎紫朗に対し右手形金の支払を求めて東京地方裁判所に訴を提起し(同裁判所昭和三七年(ワ)第五八八二号約束手形金請求事件)昭和三七年一〇月一八日原告勝訴の判決を得、右判決は控訴期間の徒過により確定した。

(二)  右約束手形は昭和三七年五月二一日東京手形交換所において支払のため呈示され、支払を拒絶されたものであるが、訴外田崎は不渡処分を免れるため、被告銀行より右交換所に対し、金五〇万円を提供してもらうべく、昭和三七年五月二三日被告銀行に対し、右と同額の金員を預託した。

(三)  そこで、原告は前記判決の執行力ある正本により、東京地方裁判所に対し、訴外田崎の被告銀行に対する金五〇万円の右預託金返還債権について差押及び転付命令の申請をして、右命令を得、右命令は昭和三七年一一月三〇日第三債務者である被告銀行に返還された。

(四)  ところが、これに先立ち、訴外田崎は、昭和三七年八月六日頃、被告公庫との間に右公庫に対する金一、四二〇万円の借受金債務のため、前記被告銀行に対する預託金返還請求権に質権を設定する旨の契約を締結し、その頃被告銀行に対し、その旨確定日付ある通知をした。

(五)  ところで、訴外田崎は右質権設定契約当時は全く無資力であったから、同訴外人のなした右質権設定契約は、原告の右訴外人に対する前記約束手形金請求債権を害するものであることは明白であり、同訴外人もまた原告の債権を害することを知りながら右契約を締結したものである。

(六)  よって、原告は、被告公庫に対し、右約束手形金債権を保全するため、詐害行為として右質権設定契約の取消を求めると共に、被告銀行に対し、金五〇万円の預託金返還債権とこれに対する転付命令送達の日の翌日である昭和三七年一二月一日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

二、予備的請求原因として、

(一)  訴外田崎と被告銀行との間における前記預託契約には、附随的に、「(1)右訴外人が原告に対し、別紙目録記載の約束手形金の支払義務がないことが確定した場合には、被告銀行は右訴外人に対し前記預託金を返還する。また逆に(2)右訴外人が原告に対し前記約束手形金の支払義務のあることが確定した場合には、被告銀行は原告に対し、右預託金を支払う。」という趣旨の特約が締結されていた。

換言すれば、(1)訴外田崎は、被告銀行に対し、同訴外人が原告に対し前記手形金債務を負担していないという事実が確定されることを停止条件とする預託金返還請求権を有していたものであり、(2)原告は被告銀行に対し、原告が右約束手形金債権を有することが確定することを停止条件とする預託金支払請求権を有していたものである。

(二)  ところで、被告公庫は、前記(1)に記載したように訴外田崎の被告銀行に対する停止条件付返還請求権について、質権の設定を受けたのであるが、前記の如く、右訴外人は、原告との間の約束手形金請求訴訟において敗訴の確定判決をうけたから、右停止条件は不成就に確定し、従って被告公庫の有する質権はその対象が消滅したことによって消滅した。しかしながら、右質権設定契約は未だ外形的には有効に存続しているように見えるので、原告が被告公庫に対し詐害行為としてその取消を求める必要性は依然として存するから、同被告との間において右質権設定契約の取消を求める。

(三)  また、原告は、前記(一)の(2)に記載するように、被告銀行と訴外田崎との間の契約により被告銀行に対し、原告が右訴外人に対する前記約束手形金債権を有することが確定することを停止条件とする預託金支払請求権を取得したのであるが、前記のように、原告勝訴の判決の確定により、右停止条件は成就したから、原告は本訴の提起により、受益の意思表示をするとともに、被告銀行に対し右預託金五〇万円とこれに対する転付命令送達の日の翌日である昭和三七年一二月一日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

と述べ、

三、後記被告公庫の主張に対し、

(一)について

転付命令が第三債務者に送達され、効力を生じても被転付債権に質権が設定されている等の事由により債務弁済の実効がない場合には民法第四二四条に関するかぎり原告は依然として債権者であると云わねばならないから、原告に詐害行為取消権のあることは明白である。

(二)について

質権の設定行為は債務の弁済とは異り、債務者の一般債権者に対する共同担保を減少させるものであるから、被告公庫の主張は失当である。

(三)について

被告公庫には原告を害する意思があったことは明らかであるから、質権設定行為は取消を免れない。

と述べ、

四、立証≪省略≫

(第二)

被告医療金融公庫訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

一、第一次請求原因に対する答弁として、第一項は不知。第二項は認める。第三項は不知。第四項は認める。第五項は否認すると述べ、かつつぎのとおり主張した。

(一)  転付命令は、質権の目的となっている債権についても、有効になされうるものであるから、本件転付命令が第三債務者たる被告銀行に送達されたことにより原告の訴外田崎に対する本件約束手形金債権は弁済があったものと看做され消滅した。したがって右約束手形金債権を保全するための本件詐害行為取消の請求は失当である。

(二)  仮りにそうでないとしても、被告公庫は、訴外田崎に対し金一五、二一九、二六九円の貸金債権を有するのであるから、右質権設定契約にもとずく質権の実行をなすも結局弁済を受けることになるにすぎず、したがって右契約は詐害行為を構成するものではない。

(三)  仮りにそうでないとしても、被告公庫は、本件質権設定契約当時、原告が訴外田崎に対し、前記約束手形金債権を有することを知らず、したがって右契約が原告を害することを知らなかったから原告の本訴請求は理由がない。

二、予備的請求原因事実はすべて否認する。と述べ、

三、立証≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、原告は別紙目録記載の約束手形の所持人であるが、昭和三七年九月頃振出人である訴外田崎紫朗に対し右手形金の支払を求めて東京地方裁判所に訴を提起し(同裁判所昭和三七年(ワ)第五八八二号約束手形金請求事件)、昭和三七年一〇月一八日原告勝訴の判決を得、右判決は控訴期間の徒過により確定したことを認めることができる。

二、これよりさき、右約束手形は、昭和三七年五月二一日東京手形交換所において支払のため呈示され、支払を拒絶されたものであるが、訴外田崎は不渡処分を免れるため、被告銀行より右交換所に対し金五〇万円を提供してもらうべく、昭和三七年五月二三日右被告銀行に対し、同額の金員を預託したことは当事者間に争いがなく、また原告が前記判決の執行力ある判決正本にもとずき、東京地方裁判所に対し、訴外田崎の被告銀行に対する金五〇万円の右預託金返還債権について差押及び転付命令の申請をして右命令を得、右命令は昭和三七年一一月三〇日第三債務者である被告銀行に送達されたことは被告銀行の認めるところであり、被告公庫の関係においては≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

三、そして、訴外田崎が、昭和三七年八月六日頃被告公庫との間に、同訴外人の被告公庫に対する金一、四二〇万円の借受金債務を担保するため被告銀行に対する前記預託金返還請求権に質権を設定する旨の契約を締結し、その頃被告銀行に対しその旨確定日付ある通知をしたことは当事者間に争いない。

四、そこで、第一次請求原因の当否について検討する。

(一)  被告公庫に対する請求について

原告は、訴外田崎が、右質権設定契約当時全く無資力であって右契約は原告の右訴外人に対する前記約束手形金請求権を害するものであり、かつ右訴外人は原告の右債権を害することを知りながら右契約を締結したものであるから、右約束手形金債権を保全するため、詐害行為として右契約の取消を求めると主張するのであるが、証人宮城信幸の証言によれば、前記田崎の被告銀行に対する預託金なるものは、同訴外人の請求があれば被告銀行においていつでもその支払をなすべき性質のものであることが認められるから、原告申請にかかる本件転付命令が第三債務者たる被告銀行に送達されたことにより、右預託金請求権は原告に帰属し、同時に原告の本件約束手形金債権は、弁済があったものと看做され、消滅したものといわなければならない。

原告は、被転付債権に質権が設定されている等の事由により、転付の実効がないような場合においては、少くとも民法第四二四条に関する限りもとの債権は消滅しないと解すべきであると主張し、右転付命令があった当時、被転付債権たる預託金請求権に被告公庫のために質権が設定されていたことは当事者間に争いないところであるけれども、質権の設定された債権であっても、転付命令の対象となり、質権を負担したまま転付債権者に移転すると解するのを相当とするから、(後日質権実行があった場合に不当利得返還の問題の起ることは格別)、原告の本件約束手形金債権は既に消滅したものというのほかはない。そうとすれば、原告が保全の必要ありという債権は存在しないのであるから、被告公庫に対する原告の詐害行為取消の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

(二)  被告銀行に対する請求について

原告が、前記転付命令の送達により、被告銀行に対し、訴外田崎の被告銀行に対する預託金支払請求権の債権者となったことは前認定のとおりであるが、右債権については被告公庫の債権担保のために、質権が設定されていることは原告の自ら主張するとおりであるから、被告銀行としては、質権者の同意がない以上、原告に対しその支払をすることは許されないことは明らかであり、従って被告銀行に対してその支払を求める原告の請求は認容できない。

よって原告の第一次請求原因はいずれも理由がない。

五、つぎに予備的請求原因について判断するに、訴外田崎と被告銀行との間に、本件預託金契約に附随して、原告主張のような特約が成立した事実はこれを認めるに足りる証拠はなく、かえって証人宮城信幸、同田崎紫朗の証言によればそのような特約は存在していないことが認められるからこの点に関する原告の主張もまた理由がないことが明らかである。

六、そうだとすると、原告の本訴請求はいずれも理由がないものというべきであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 下関忠義 裁判官 中島恒 日比幹夫)

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